新着記事

自然から学ぶ外部空間のデザイン

地域に根ざした植物と石が、庭に本当の価値を生む理由

私は子供の頃、鹿児島県の霧島・牧園町という、

少し大げさに言えば人よりも鹿の方が多いような田舎で育ちました。

近くに大きなお店も、ゲームセンターもありません。

だから子供の頃の遊び場は、いつも山の中でした。

山に入り、知らない景色を見つける。


川の近くや沢を歩き、水の流れや、立体的に重なり合う自然の景色を見る。

私は、そういう時間がとても好きでした。

大人になってからは都会に憧れ、福岡に出てきました。

デザインの仕事がしたいと思い、学校で学び、さまざまなことを経験してきました。

そして今になってみると、自分が子供の頃から好きだった「自然」を扱う仕事をしています。

自然は、人が管理しなくても成り立っている

大人になって改めて自然の山を見ていると、本当に当たり前のことに気づきます。

自然の山は、人が細かく管理しているわけではありません。

それでも、そこには植物があり、石があり、水が流れ、虫や鳥や動物がいて、

限られたエネルギーを分け合いながら、

ひとつの循環する社会のようなものが成り立っています。

植物は光を求め、根を張り、葉を落とし、その落ち葉が土に還る。
雨が降り、水が流れ、土が動き、そこにまた新しい命が生まれる。

いろいろなものが複雑に作用しながら、自然淘汰を繰り返し、人が管理しなくても生き続ける環境がそこにはあります。

この仕組みは、外部空間や庭づくりを考える上で、とても大切な視点だと思っています。

その土地に合う植物には、理由がある

自然の山に、いきなり遠い国の植物の種が降ってくるわけではありません。

そこにある植物は、その土地で繁殖し、その土地に根づいてきたものです。

暑さ、寒さ、雨の多さ、風の強さ、土の質。
そうした環境の中で、長い時間をかけて適応してきた植物です。

だからこそ、地域に根ざした植物には強さがあります。

もちろん、庭づくりにおいてすべてを自生種だけで構成することは簡単ではありません。

住宅の条件、管理のしやすさ、見た目の美しさ、

限られたスペースなど、考えるべきことはたくさんあります。

それでも、なるべくその土地の風景とつながる植物を選びたい。

福岡であれば、山桜、リョウブ、ヤマモミジ、ミツバツツジ。
常緑であれば、ソヨゴ、ハイノキ、シラカシ、アラカシなど。

すべてが完全にその環境に適応した植物とは言い切れないかもしれませんが、

できる限り地域の自然や風景とつながる植物を使うことで、

福岡らしい庭、土地に馴染む外部空間が生まれると考えています。

珍しい植物より、文脈のある植物に惹かれる

私は植物が好きです。

ただ、どこか遠い国の珍しい植物に強く惹かれるというよりも、その土地に根づいた、力強い文脈を持つ植物に魅力を感じます。

子供の頃から自然の中で見てきた景色が、自分の中の基準になっているのだと思います。

「これは自然だな」
「これは少し不自然だな」

そういう感覚が、言葉にする前から自分の中にあります。

山の中で、図鑑で見た植物を見つけると、今でも少しうれしくなります。まるでポケモンを見つけたような感覚です。

向こうからすれば、ただそこに生えているだけかもしれません。
でもこちらから見ると、その土地の環境を生き抜いてきた存在に見えます。

そこには、流行とは違う強さがあります。

石にも、その土地の記憶がある

これは植物だけではありません。

自然石や素材にも、地域に根ざしたものには価値があると思っています。

庭に使う石を選ぶとき、単に色や形だけで見るのではなく、その石がどこから来たのか、どのような風景の中にあったのかを考える。

地域の石には、その土地の地形や時間の記憶があります。

遠くから運ばれてきた素材が悪いということではありません。
ただ、地域に根ざした素材を使うことで、その庭は周囲の風景や土地の空気とつながりやすくなります。

庭や外部空間は、建物だけで完結するものではありません。

その土地の気候、風景、植物、石、周辺環境とつながることで、初めてそこにしかない空間になっていきます。

価値とは、ストーリーを語れること

ものの価値を考えるとき、私は「なぜそうなったのか」という文脈がとても大切だと思っています。

そこにあるものには、必ずストーリーがあります。

なぜこの植物を選んだのか。
なぜこの石を使ったのか。
なぜこの場所に植えたのか。
なぜこの高さにしたのか。

その理由を語れることが、そのものの価値を伝えることにつながります。

人は、ものを単なる物として見るだけでは、なかなか愛着を持てません。

けれど、その背景にある物語や意味を知ったとき、そこに愛着が生まれます。

庭も同じです。

ただ植栽がある、ただ石が置いてある、ただアプローチがある。
それだけではなく、そこに理由や文脈があることで、空間は深みを持ちます。

自然から学ぶ庭づくり

自然から学ぶことは、本当に多いです。

自然の山は、すべてが一直線に整っているわけではありません。
けれど、そこには不思議な秩序があります。

高い木があり、低い木があり、足元には草があり、石があり、落ち葉があり、水の流れがある。

一つひとつは複雑でも、全体としては無理がない。
だから見ていて落ち着くのだと思います。

私たちがつくる庭や外部空間も、できる限りそうありたいと考えています。

建物との関係を整えながら、地域の自然から学び、植物や石の持つ文脈を大切にする。

見た目だけを整えるのではなく、時間とともに育ち、暮らしに馴染み、愛着が深まっていく空間をつくる。

それが、私たちが考える外部空間のデザインです。

暮らしの足元に、自然の文脈を取り戻す

庭は、単なる飾りではありません。

暮らしの足元にある、一番身近な自然です。

毎日通るアプローチ。
リビングから見える木々。
雨の日に濡れる石。
季節によって変わる葉の色。
風に揺れる枝の影。

そうした小さな変化が、日々の暮らしを少しずつ豊かにしてくれます。

だからこそ、庭づくりでは「何を置くか」だけでなく、「なぜそれを選ぶのか」を大切にしたい。

その土地に根ざした植物。
その地域とつながる素材。
建物と暮らしに馴染む配置。
時間とともに育つ余白。

自然から学び、地域の文脈を読み取りながら、暮らしの足元を整えていく。

それが、私たちの外部空間づくりの原点です。

関連記事一覧

PAGE TOP